フロム・ビーの関係者

  • 広田寛治
    これまでの仕事や現在の研究テーマに関する情報をまとめていきます。
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2014年6月

2014年6月25日 (水)

『ミート・ザ・ビートルズ〈JAPAN BOX〉』 日本編集アルバム5作が紙ジャケCDに

Boxset

2014年はビートルズの日本デビュー50周年にあたる年。これを記念して、日本盤アルバム5作が初めて紙ジャケットCDとなり、5枚組ボックス・セット『ミート・ザ・ビートルズ〈JAPAN BOX〉』として6月25日にユニバーサル ミュージックより発売されました。初回生産限定です。

収録された5作は、日本の独自性の高い1964〜65年のLPから、『ビートルズ!』『ビートルズNo.2』『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』『ビートルズNo.5』『4人はアイドル』。音は2009年のリマスター音源ですが、帯やライナーノーツを含めて日本盤のジャケットが忠実に再現されました。初期の3枚は半掛け帯です。Half-Obi !

ブックレットには、日本の初代ビートルズ担当ディレクターだった高嶋弘之さん、『ミュージック・ライフ』編集長だった星加ルミ子さん、EMIとユニバーサルを通じてビートルズに深くかかわったプロデューサーで研究家の行方均さんによる鼎談が掲載されています。「ビートルズは日本でいかに受け入れられたか」をテーマにした語りおろしです。

さあ、箱から出して、久々にジャケットの隅々までながめながらアルバムを聴こう。…あれ、帯が付いてない?…と思ったら、帯は帯で5枚分まとめて袋に入っているのでした。自分で帯を掛けて部屋に飾ろう。

『ミート・ザ・ビートルズ〈JAPAN BOX〉』
2014年6月25日発売
ユニバーサル ミュージック/UICY-76429〜33
税抜14,000円

2014年6月18日 (水)

ポール・マッカートニー2014年の北米ツアーは7月~10月に

ポール・マッカートニーの日本公演中止決定のあと、5月28日に予定されていた韓国公演も1週間前の21日に中止が報じられました。

ポールの公式サイトでは5月22日付で声明が発表され、「東京の病院で治療を受け、数日静養すれば完全に快復する見込み」と報告されました。ポールは体調の快復を待って、5月26日にチャーター機で離日したことが翌日のキョードー東京からの発表で公になっています。

「アウト・ゼアー・ツアー」は6月14日にアメリカで再開する予定になっていましたが、医師の助言により、6月の公演が10月に延期し、7月と8月の公演は変更なく行なうことが、ポールの公式サイトから6月9日(イギリス時間)に発表されました。これにより「アウト・ゼアー USツアー2014」は7月5日のニューヨーク州オールバニ公演から始まることになります。

8月14日にはビートルズの最終公演(1966年8月29日)の会場だったサンフランシスコのキャンドルスティック・パークで、10月2日にはポールが敬愛するバディ・ホリーの生誕地であるテキサス州ラボックでの公演が控えています。

2014年6月 2日 (月)

『ザ・ビートルズ BBCアーカイブズ1962−1970』掲載インタビューの一覧

Bbc_archives

ビートルズのBBCへの出演記録を完璧にまとめた『ザ・ビートルズ BBCアーカイブズ1962−1970』本の資料的な価値は言うまでもないが、ビートルズのメンバーが直接リスナーに語りかけた生の声もたっぷりと収録されており、それはこれまでの常識を覆すものも含まれている。とりわけ1967年以降のものは貴重。その全貌は読んでいただくしかないが、収録インタビューのリストを紹介しておく。


ザ・ビートルズ BBCアーカイブズ1962−1970
掲載インタビューの一覧(作成・山川真理)

①メディアと番組名
②収録日
③インタビュアー
④インタビューを受けたメンバー
⑤会話の主なテーマ・内容


①ラジオ『ノン・ストップ・ポップ』
②1963年7月30日
③フィル・テート(楽団指揮者)
④4人
⑤曲作り、ヘアスタイルなど


①テレビ『ザ・マージー・サウンド』
②1963年8月27日~30日
③不明
④4人
⑤成功による生活の変化、将来展望など


①不明(ラジオ・テレビ用)
②1963年10月16日
③ピーター・ウッズ(ニュースキャスター)
④4人
⑤ロイヤル・バラエティ・パフォーマンスへの出演など


①テレビ『ジューク・ボックス・ジュリー』
②1963年12月7日
③デヴィッド・ジェイコブズ(司会者)
④4人
⑤エルヴィス・プレスリーの新曲など


①不明(海外ラジオ放送用)
②1963年12月10日
③ディブズ・メイサー(俳優/ブロードキャスター)
④4人
⑤生い立ち、将来展望など


①ラジオ『サタデイ・クラブ』
②1963年12月17日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤リクエストの紹介(曲間のトーク)


①ラジオ『サタデイ・クラブ』
②1964年1月7日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤初めての映画出演


①ラジオ『サタデイ・クラブ』
②1964年2月7日(電話)
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤アメリカに到着しての感想


①テレビ『グランドスタンド』
②1964年2月22日
③デヴィッド・コールマン(スポーツ・コメンテイター)
④4人
⑤初のアメリカ訪問でのさまざまな出来事


①ラジオ『フロム・アス・トゥ・ユー』
②1964年2月28日
③アラン・フリーマン(DJ)
④4人
⑤演奏曲の紹介(曲間のトーク)


①ラジオ『ザ・パブリック・イヤ』
②1964年3月18日~19日
③ジョージ
④ポール
⑤映画の撮影など


①テレビ『ア・ディグリー・オブ・フロスト』
②1964年4月15日
③デヴィッド・フロスト(司会者)
④ポール
⑤成功の要因、曲作り、将来展望など


①ラジオ『フロム・アス・トゥ・ユー』
②1964年5月1日
③アラン・フリーマン(DJ)
④4人
⑤演奏曲の紹介(曲間のトーク)


①ラジオ『トップ・ギア』
②1964年7月14日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤曲作り、映画『ハード・デイズ・ナイト』など


①ラジオ『トップ・ギア』
②1964年11月17日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤成功による生活の変化、最新シングルなど


①ラジオ『サタデイ・クラブ』
②1964年11月25日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤この年訪れたなかで気に入った国


①ラジオ『ポップ・イン』
②1965年4月13日(中継車から生放送)
③キース・フォーダイス(DJ)
④4人
⑤ジョンの2冊目の本、映画『ヘルプ!』の撮影、NMEからの表彰など


①ラジオ『ザ・ビートルズ・インバイト・ユー・トゥ・テイク・ア・チケット・トゥ・ライド』
②1965年5月26日
③デニー・ピアシー(ドラマー/DJ)
④4人
⑤映画『ヘルプ!』、演奏曲の紹介(曲間のトーク)


①不明(海外ラジオ放送用)
②1965年5月下旬~6月上旬
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤ジョンの2冊目の本、アメリカのフォーク音楽など


①不明
②1965年6月12日
③ヒュー・モーラン(ニュースキャスター)
④4人
⑤MBE勲章を受けること


①ラジオ『ザ・ワールド・オブ・ブックス』
②1965年6月16日
③ウィルフレッド・ディアス(ラジオ・プロデューサー)
④ジョン
⑤本を書くこと


①『トゥナイト』(テレビ)
②1965年6月18日(生放送)
③ケネス・オルソップ(アナウンサー/司会者)
④ジョン
⑤本を書くこと


①不明(海外ラジオ放送用)
②1965年7月30日
③ディブズ・メイサー(俳優/ブロードキャスター)
④4人
⑤もし有名になっていなかったら、など


①ラジオ『ザ・ビートルズ・アブロード』
②1965年8月15日~20日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤シェイ・スタジアム・コンサートなど


①ラジオ『ポップ・プロフィール』(海外向け)
②1965年11月30日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④ジョン
⑤家、私生活、ジュリアンの教育など


①ラジオ『ポップ・プロフィール』(海外向け)
②1965年11月30日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④ジョージ
⑤生い立ち、曲作り、家、私生活など


①ラジオ『ポップ・プロフィール』(海外向け)
②1966年5月2日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④ポール
⑤音楽および芸術全般への関心、家、私生活など


①ラジオ『ポップ・プロフィール』(海外向け)
②1966年5月2日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④リンゴ
⑤余暇の過ごし方、私生活、音楽との出会いなど


①ラジオ『サタデイ・クラブ』
②1966年5月2日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④4人
⑤露出が減った理由(=レコーディングが楽しい)


①ラジオ『ザ・レノン・アンド・マッカートニー・ソングブック』
②1966年8月6日
③キース・フォーダイス(DJ)
④ジョン、ポール
⑤曲作り、曲の成立(「デイ・トリッパー」「恋を抱きしめよう」)など


①ラジオ『アイヴァー・ノヴェロ・アワーズ・フォー・1966』
②1967年3月20日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④ジョン、ポール
⑤曲の成立(「イエロー・サブマリン」「ミッシェル」「イエスタデイ」)、「イエスタデイ」のカバー・バージョンなど


①ラジオ『トップ・オブ・ザ・ポップス』(海外向け)
②1967年3月20日
③ブライアン・マシュー(DJ)
④ジョン、ポール
⑤1位を逃したこと、レコーディング中のアルバム(『サージェント・ペパー』)など


①ラジオ『ホエア・イッツ・アット』
②1967年5月
③ケニー・エヴェレット(DJ)
④ジョン、ポール、リンゴ
⑤『サージェント・ペパー』など


①不明(テレビのニュース用)
②1967年8月27日
③不明
④ジョン、ジョージ
⑤ブライアン・エプスタインの死


①ラジオ『ホエア・イッツ・アット』
②1967年11月
③ケニー・エヴェレット(DJ)、クリス・デニング(DJ)
④ジョン
⑤「アイ・アム・ザ・ウォルラス」など


①ラジオ『ザ・ワールド・アット・ワン』ほか(テレビ・ラジオ用)
②1968年3月26日
③不明
④ポール
⑤インドでの瞑想修行


①ラジオ『ケニー・エヴェレット・ショー』
②1968年6月6日
③ケニー・エヴェレット(DJ)
④ジョン、ポール、リンゴ
⑤番組用ジングルの録音など


①テレビ『リリース』
②1968年6月6日
③ピーター・ルイス(アナウンサー/司会者)
④ジョン、ヴィクター・スピネッティ
⑤舞台劇『ザ・レノン・プレイ:イン・ヒズ・オウン・ライト』


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1969年1月21日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④リンゴ
⑤ビートルズ解散の可能性など


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1969年5月8日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④ジョン
⑤英国のメディアからの評価、ベッド・インや平和運動


①ラジオ『ライト・アンド・ローカル』
②1969年5月15日
③ロイ・コーレット(ジャーナリスト/ブロードキャスター)
④ポール
⑤リンダとの結婚、ビジネス、映画『マジカル・ミステリー・ツアー』、ジョンとヨーコのこと、ドラッグ、ビートルズの将来など


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1969年9月19日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④ポール
⑤『アビイ・ロード』、ビートルズが再び共演する可能性など


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1969年10月8日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④ジョージ
⑤『アビイ・ロード』、曲の成立(「サムシング」「ヒア・カムズ・ザ・サン」)、ビートルズの将来など


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1969年10月21日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④ジョン
⑤ビートルズが再び共演する可能性など


①ラジオ『ザ・ワールド・ディス・ウィークエンド』ほか(ラジオ用)
②1969年10月24日
③クリス・ドレイク(BBC記者)
④ポール
⑤死亡説の否定、隠遁の理由


①テレビ『レイト・ナイト・ラインアップ』
②1969年12月1日
③トニー・ビルボー(テレビ・キャスター)
④リンゴ
⑤生い立ちと教育、映画出演など


①テレビ『24アワーズ:ザ・ワールド・オブ・ジョン・アンド・ヨーコ』
②1969年12月2日~6日
③グロリア・エマソン(ジャーナリスト)
④ジョン、ヨーコ
⑤平和運動


①不明
②1970年1月末
③デヴィッド・ベラン(BBC記者)
④ジョン、ヨーコ
⑤カナダ訪問、トルドー首相との会談、影響力、ビートルズが再び共演する可能性、1970年代の展望など


①ラジオ『シーン・アンド・ハード』
②1970年2月6日
③デヴィッド・ウィグ(ジャーナリスト)
④ジョン、ヨーコ
⑤ビートルズが再びアルバムを作る可能性など


①ラジオ『ザ・ビートルズ・トゥデイ』
②1970年3月11日
③ジョニー・モラン(アナウンサー/司会者)
④ジョージ
⑤曲作り、アップルのアーティストたちのプロデュース、映画とアルバム『レット・イット・ビー』、各自のソロ活動、ビートルズが再びアルバムを作る可能性など

  

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